大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)306号 判決

被告人 浦野広

〔抄 録〕

被害者小林勇(当五九年)の受傷から死亡に至るまでの事実の経過及び医学的機序は、<中略>要するに、同人は、昭和五八年一一月二九日午前七時四〇分ころ発生した本件交通事故により、軟部組織の高度の挫滅を伴う左下腿開放骨折等の傷害を受け、同日以降同年一二月二二日までは事故現場付近の長野県上水内郡信濃町大字柏原三八〇番地信越病院において、その後は上越市東雲町一丁目七番一二号新潟労災病院において加療を受け、一時は松葉杖をついて院内を歩行できる程度に回復を見たが、同五九年一月二七日になって発熱、同月三〇日に吐血、下血の症状があり、同月三一日には無顆粒球症を併発して危篤状態となり、同年二月三日午前七時一五分死亡するに至ったものであるところ、病理解剖の結果等により、同人の死亡の原因は、右側の後腹膜部を主とするびまん性の広汎な出血(右側横隔膜部から骨盤域の後腹膜部まで波及し、右腎臓後部を中心に血腫を形成する。)によるショックに基づく急性腎不全であり、右広汎性出血は、同年一月三〇日の吐血、下血及び同月三一日の無顆粒球症併発のころに生じたものと見られ、その原因としては、本件交通事故により肝臓後部を中心として抵抗減弱部を生じていたところに同一系統(セフエム系)に属するセファメジン及びケフラールを連続投与したことによる薬剤過敏症が加わり、大量出血を招いたものであることが判明したというのである。<中略>

所論は、本件交通事故による受傷と被害者の死亡との間に条件的因果関係の存することは容認するとしても、抵抗減弱部の存在と薬剤過敏症とが相まって大量出血を来たし、そのショックに基づく急性腎不全により死亡するというのは稀有の症例であり、一般的に当然予見し得るものであるとはいえないから、相当因果関係の存在は否定されるべきであると主張する。

しかし、仮りに相当因果関係の理論に依るとしても、過失犯における実行行為、すなわち被害者との衝突事故発生直前の過失行為の時点においては、行為者は勿論、一般通常人をその立場に置いても、右衝突により被害者のどの部位にどの程度の傷害を生じ、どのような経過を辿って治癒し、あるいは死の転帰を見るに至るかを具体的に予見することは不可能であるから、そのような具体的予見を因果関係の存在を認めるための要件とすることは相当ではない。本件のような運転の態様からすれば、対向車両との衝突の危険は当然予測し得るところであるうえ、本件のような状況下で車両相互間の衝突事故が発生すれば、その衝撃により相手方の身体の枢要部分に重大な傷害を負わせることは充分あり得るし、その場合、直ちに適切な加療措置が講ぜられたとしても、当該傷害に基づき、あるいは当該傷害に伴って派生した二次的症状に基づき、被害者が死亡することのあり得べきことは、経験則上容易に予見し得るところであり、因果関係の存在を肯認するための要件としては、右程度の予見で足りるものと解すべきである。そして、具体的に発生した被害者の傷害及び受傷後死亡するに至るまでの経過が右予見の範囲を逸脱するものでない限り、因果関係の存在は肯認されて然るべきである。本件のような軟部組織の高度の挫滅を伴う左下腿開放骨折の傷害が発生した場合、破壊された骨髄から出た脂肪や挫滅した皮下脂肪が血管に入って脂肪栓塞症を起こし、あるいは血液中のヘモグロビンや筋肉中のミオグロビンが腎臓毒として働らき、ネフローゼを起こすことにより、死亡の結果を生じ得るものとされるが(原審証人支倉逸人の供述)、そのような通常の経過を辿らず、前示のように、加療のために投与した薬剤による過敏症と事故の衝撃による抵抗減弱部の存在とが相まって大量出血を招き、そのショックに基づく急性腎不全が死因となったとしても、現在の医学の水準に照らし担当医の加療行為に落度がなく、適切なものであったと認められる以上、右のような経過による死亡の結果発生は、前述の予見の範囲を逸脱するものとはいい得ない。それ故、本件事故による傷害と被害者の死亡との間に因果関係の存在を肯認した原判決に所論の事実誤認はな<い。>

(草場 半谷 龍岡)

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